愛しい貴方へ

雪のアル


___どこかで鐘がなってる


今何時くらいだろうね?と言いかけて
隣を覗きこんでやめた




指先は赤くにじんで
吐く息が白くて
小さく震える兄さんの姿に
真冬の夜更け
一夜の宿をと、もぐりこんだ山小屋の中が
更に冷えこんで来ていることを知る



「ね。兄さん。寒い?」
聞いても無駄だとわかっていても、つい聞いてしまう
「・・・寒かねぇ。」
答えても無駄だとわかっていても、貴方はいつもそう答える






「・・・バカ兄。ボクがわかんないとでも思ってるの?
鼻の頭まで真っ赤にしてさ。震えてるじゃん。
ボクの分の毛布なんていらないんだから、使いなよ。」


ばさり と覆っても
ばさり と返される毛布


いつも兄さんは、そう
僕の身体は暖める必要などないのに
僕の身体は外気を抱き込んでしまうのに



自分と同じようにボクを毛布でくるんで
片時も離れずに 側で丸くなってる



「火、もう少し強くしようか?
小屋の持ち主には悪いけど・・・
兄さん、凍えちゃうよ?」




木製の小屋の中での焚き火は
気を抜くと小屋まで焚いちゃうから
「ボクは眠らないから、番をするにはちょうどいいしね。
そういえば、あんまり火に近づいちゃってさ?
僕の身体が熱もって、湯気出てきちゃったこともあったよね。
あの時はびっくりしたよねぇ?」



ボクがそう言うと、
兄さんはむくりと起き上がって
無言で焚き火に火をくべて、ボクの膝によじ登ってきた



・・・はいはい。いつもこうだね
ボクは兄さんごと火の近くに移動する
「ここら辺で平気?熱くない?」
ボクの問いに、ただ兄さんはうなづくだけ




膝の上で丸まってる兄さんは、猫みたいだといつも思う
兄さんが寝入ったら、ボクを包んでる毛布で、兄さんを包んであげよう
いつもみたいに
そして毛布ごと、ボクは兄さんを抱え込んで
寝顔と炎を交互にみつめて朝を待てばいい
いつもみたいに






なんて思ってたら
いつもはそのまま寝入ってしまう兄さんが
ボクの膝の上でのっそり起き上がって
ボクの肩に腕を回してきた


「・・・兄さん?そこ暖かい?熱くない?
毛布越しじゃないと熱すぎない?」





旅に出たばかりの頃
ボクは鋼の身体に慣れていなくて
同じように凍える夜に
同じように焚き火に薪をくべていて
知らずに炎に当ててしまった指先で
不用意に兄さんに触れてしまって
大やけどを負わせてしまったコトがあった

それ以来
焚き火の番をしながら兄さんを膝に乗せているときは
直接兄さんに触れることはしないようにしていた

兄さんの寝顔を見ながら
炎との距離を測って
熱いかな?寒いかな?って



そんな面倒なことしなくていい!って
兄さんはよっぽど寒い時にしかボクの膝の上にこないから




ごめんね


兄さん



ボクはしんと冷える冬の夜がすごく待ち遠しいんだ






そんなボクを
兄さんがぎゅうって抱きしめてくれてる




なにが起こったんだろう
いつもの兄さんと違う











「・・・兄さん?」
あんまり温まりすぎると、また兄さんを焼けどさせちゃう
兄さんを抱きあげて

火から離れようと立ち上がると











視界に移る____________白い世界













「わぁ。兄さん!外雪だよ!どおりで寒いよね?
ごめん。気が付かなくて」




小屋の中に差し込んでいた光が
月明かりじゃなくて雪明りだったなんて

兄さんを抱えたまま、小さな窓の外をのぞくと
2〜3日前に訪れた港町がはるか下のほうに白くぼやけて見えた








静寂に響く鐘の音・・・・





「そうか。あの町にあった教会だね。この鐘。
こんなに離れた山の中なのに聞こえるんだね。
・・・でも・・・夜中なのに、なんで鳴ってるんだろうね?」



不思議がるボクに
兄さんが答えてくれた



「・・・新しい年になったんだ。」




そういえば
あの町にいたときには気が付かなかった
海岸に用意された変な筒










鈍い爆発音とともに海の上にあがる鮮やかな



花火









「雪の中の花火だよ!うわぁ!兄さん見て見て!!すごい綺麗だ!!」
はしゃいでつい腕の中の兄さんを落としそうになって
あわてて抱きあげる



「うぉっ!!!
・・・おまえなぁ。新年早々怪我したくねぇぞ!!」
しがみついてくる兄さんを
「・・・ごめんなさい。」
ずり落ちてしまった毛布でしっかりくるんで




「今年こそ元に戻してやるから。」
ボクの肩越しでそうつぶやく兄さんを
「『一緒に』元に戻るんだよ?」
鋼の腕で抱きしめる



       幾度となく繰りかえされる「誓いの言葉」




本当は こんな時





ボクはどうでもよくなるんだ


兄さん
いつまでもこうして貴方といられるのなら




旅を終らせてしまいたくない









祈るように繰り返される「誓いの言葉」
雪と花火に照らされる真っ黒な海
しんと冷える山小屋の中にともる焚き火の炎
新しい年をつげる 遠い港町の明かり




貴方が側にいてくれるなら
どんな姿でもボクはかまわない
幾年月日を重ねても
兄さん




           貴方が側にいてくれるなら



唯悔やまれるのは
貴方を暖めることすら出来ないこの鋼の身体









たとえば幾年かが過ぎた後に
ボクではない誰かが貴方の側にいたとしても
貴方が この夜を忘れてしまいませんように
貴方が ボクを忘れてしまいませんように



いつかつけてしまった
やけどの跡
いつもは髪で隠れるほどの小さな跡を
指でなぞって



いつまでもなんて きっと ありえないのかもしれないと思いながらも
願わずにはいられないボクはなんて幼いのだろう
身体は大きな鎧に変わってしまったけれど
心は身体を失ったあのときのまま



 子供のままなのかもしれない





         言えない願いを雪に乗せる

        貴方の上に 静かに降り積もれ







       そして貴方の暖かさで 溶かしてしまって




        消えてしまっても  かまわないから



byきょろちゃ